2019. 1. 13
森見登美彦さん作の「熱帯」
入院期間を利用して読むことができた。そこは入院に感謝…
話の概要をダ・ヴィンチで見かけたので読んでみたくなったのだが「どういった小説かは読んでみてもらわないと説明できない」というのがこの小説についての作者からのコメントであった。読み終えて、今こうして文章を走らせているが、作者の言う通り型にはまらない何とも形容し難い小説であった。話の鍵を握るのは「千一夜物語」という実在する物語だ。(小説を読んでいる合間に調べて初めてこの本について知った)読む進めていくと、物語の巧みで奇妙な展開に脳が熱くなってきた。様々な大きさや形の情報が、次々と目の前を通り過ぎて行き、脳内の短期記憶倉庫は整理しきれずごちゃごちゃである。我が読書脳のメモリ不足を痛感した次第だ。これが現実なのか夢なのか、作者の術中に嵌められた感じがするが、小説を読む時の心地良さとしては悪くはない。
物語自体の本質とはズレるが、京都を愛でる人には嬉しい描写が現れる。東山、南禅寺付近の描写は情景と共にページをめくることができた。京都が呼んでいる。
入院中の病室で「熱帯」というタイトルの本。時には右腕にセファゾリン点滴を打ち込みながら片手で、時には集団部屋という監獄にも似つかない異空間で人生を散々謳歌した後ここへたどり着いたであろう3人のおじきのいびき・独り言・イヤホンをしながらの笑い声に苛まれつつ読み進めたこの本について作者は「熱帯と本というものはかけ離れている」と、雑誌内でコメントしていた。病室もまた熱帯とは対の場所にいるような気もする。そんな居心地で読み進めた本は、初めての入院ということも重なり、生涯忘れ難い1冊となるだろう。それにしても京都行きたい。
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