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2020年5月17日日曜日

Novel in 2020 No.8 ダメ人間/鈴井貴之

2020.5.16

ダメ人間/鈴井貴之












 

 

 藤村さんのエッセイを読み、ミスターもあるかなと思い古本屋へ行ったらあった。ただ、エッセイというよりは自伝のようなもので、しかも思っていたミスターの姿とはかなり違っていた。
 本誌では鈴井さんが高校生だった頃から今に至るまでの経歴を辿り、その時々に起きた出来事が述べられている。鈴井さんは自己嫌悪に陥りやすく、とにかくため息を吐くとのことだ。ミスターは根拠のない自信を持ち、なんとかなるだろうと思って生きてきたが、全く思い通りにならない人生を歩んできたとのことだ。この生き方はなんとなくわかる。自分にも少し共通しているところがある。
 僕は20代までこのように生きていきたいっていうことをあまり描いたことがなかった。バイクに乗って楽しんで、目の前にあることだけをこなしていた。でも何か府に落ちない。いつもモヤモヤが取り巻いている。今まで得たものを生かし、少しずつ取り組もう。




2020年2月16日日曜日

Novel in 2020 No.4 ひな菊の人生/吉本ばなな

2020.2.16

ひな菊の人生/吉本ばなな
















 ばななさんの文体は、一見ニュートラルな感じがするけど、人物の細かな心理描写になるといきなりばなな感が出る。でも押しつけがましく無いから、さらっと読み進められる。ばななさんのエッセイを読んでると、世の中を達観しているような、でも偉そうな感じは全くなく、人生上起こりうるあらゆる事象を細かく捉えて、自分に落とし込んでるような印象を受ける。抜かりがないというか、この人がいうことなら信頼できるというな安心感を与えてくれる。友人の中にも少なからずそういう人はいて、そんな彼らは何を聞いても的確に答えてくれる。おそらく何か新しい事柄に直面するとき、都度そのことを深く考え、掘り下げ、疑問を徹底的に解決してるのではないだろうか。僕はわからないことはまあいいやと中途半端に放り投げちゃうもんだから、いつも会話は宙ぶらりん。興味の無いことあること、まあいいやと投げて次へ行ってしまう。
 今の自分の中で自信を持てることは何かと行ったら、バイクであちこち旅してることぐらいだ。何事にも自信があまり無い自分がこのことに関して自信がある理由は、やっぱりそれにかけてる時間が長いからだし、それだけ経験してると自負しているからだろう。本気で旅してきたことは、今の自分の糧になっていることは間違いのないことだとも言える。ただ、上には上がいることはわかってるのでまだまだ勝負は続いている。誰と競っているのかはわからないけど、奢ってはいけない。長旅で学んだ、勝って兜の緒を締めよという言葉をいつも思い出す。
 そして次のステップが本に関してとなると、まだまだ経験が乏しい。読みたい本はたくさんある。ただ人生は短い。30代となり、年々それを実感している。システマチックなことまではしたくないけど、無益で無駄な時間は過ごすのは良くない。尊い時間を大切に。

2020年2月14日金曜日

Novel in 2020 No.3 ボトルネック/米澤穂信

2020.2.14

ボトルネック/米澤穂信














 
 自分で文章を書くなら、どのように物語を展開させていくかということを意識して読み進めてみると、作家の想像力・妄想力というものは凄まじいものがあると改めてわかる。日常で見られる人間の行動、心情、表情の移ろい方とか、そういった細かな部分の描写をその通りに細かく文字に起こしていくこと。読み手に臨場感を与えるような描写の仕方っていうのは、やっぱり経験と実際に描いてみて得られていくんだろう。頭で練りに練って、こういう風にやろうと計画しても、いざやってみると想定外な方向へ進むことってよくある。ほとんどそうかもしれない。やってみてから考える方がいいんだろうな。やってから考えるって無計画に見えるけど、物事の進め方としては割と理にはかなってるんだろう。
 ボトルネックって聞いて、山登りの話と思ってこの本を手にとったけど違った。物語の中心人物のリョウは自分をこの世のボトルネックだと思うんだけど、若い時に思いがちな自己陶酔に近い甘えんぼちゃんだ。(自分もそうだった)自分がこの世で一番とまではいかないけど、俺は世間の奴らより辛い思いをしてるなんて思っちゃってる。今思えば勝手にウジウジしとけって感じだけど、当人からしたらそんなことわからないわけで。そこから何とか気を立たせて、小さなトライエラーを繰り返し、段々と人生を掴んでくる感覚があったのは二十代後半だったと思う。でも今は今で人生って何だろうって考える。自分も変わるけど、環境も変わるから常に答えがわからない。ただ、この答えなんてわからないってことがわかったことは、昔よりは人生の処世術を体得してると言えるかもしれない。諦めることも肝心だ。

2019年7月21日日曜日

Novel in 2019 No.21 K2 復活のソロ/笹本稜平

2019.7.21

K2 復活のソロ/笹本稜平

   








 人間に与えられた冒険という素晴らしき行為に深く感銘を受けた。冒険というのは、やれるやれないではなく、やるかやらないかである。何事もやらないとわからないから面白い。人生というものが無意味なものとすれば、そこに意味を付けるのは人間の勝手な行為である。周りの人間からしたら戦争でも山行でも生きて還ることが重要なことだと思うが、仮に当人が命を落としても、自身がそれで人生を全うしたと感じているなら、それを否定してはいけない。生き切ったという意味では賞賛すべきだとも思う。いい本でした。

2019年7月7日日曜日

Novel in 2019 No.20 ハコブネ/村田沙耶香

2019.7.6

ハコブネ/村田沙耶香



  











 
 3人の女性が思いをぶつけ合う。ただ、みな個々に独特の感性を持つため、気持ちに寄り添い合うようなことはなく、小言を言われながらもそれぞれの道を進む。この小説はノンフィクションなので、現実と照らし合わして本の感想を述べるのはナンセンスかもしれないが、登場人物の言動はみな一様に「こんな人いないだろう」と思わせる。現実とかけ離れた小説の設定なんていくらでもあるのだが、この小説の場合そんな感想が出てくる。なんだろうか、文章の羅列が人物の独りよがりなのか、作者の独りよがりのようにも見えてくる。小説は小説家が放つ表現方法と捉えるなら、その意図を捉えることが今の僕にはできなかった。

2019年3月8日金曜日

Novel in 2019 ⑩ ファーストラブ/島本理生

2019.3.8

ファーストラブ/島本理生


娘が父親を刺して、殺した。この事実の背景を、臨床心理士である真壁由紀の目線から解き明かしていく。
   人が人を殺す理由は様々だ。加害者側が悪いのか、それとも被害者側に殺されても仕方がない理由があるのか、一見してわからないこともある。三つ子の魂百までと言われるほど、幼少期の親のあり方、子供への立ち振る舞い、教育環境などは子へ影響する。親からは当たり前と言われたことが、世間で否定される。その時、子はどうすればいい。自分を否定し始める。周りには親しかいない。頼ると怒られる。子は演技をする。辛い演技を。私は何も気にしてないよ、と。限界が出てくる。できない自分に苛立ち、そして自分を傷つける。助けのないままそれは習慣化され、やがて子は、、
    真壁由紀も負を抱えていた。だが、夫の我聞やクリニックの院長に出会い、人生の航路が変わった。10代の1人旅を、自分探しと茶化すことがある。自分探しというのは、自分は本当は何が好きなのかを探すという意味もあれば、自分自身を認めることでもある。自分とは何か。それがわかって初めて進むべき道が開く。こう書いてるものの、道に迷ってばかりなので、自分は口ばっかりだなと、自分を認めてみる。
    決して幸せな物語ではなかったが、著者の強い思いが感じられる、学ぶべき点が多い小説だった。

    

   

2019年3月3日日曜日

Novel in 2019 ⑨ 真実の10メートル手前/米澤穂信

2019.3.3

真実の10メートル手前/米澤穂信


 









 脳がブドウ糖を欲している。読み終えた後にそう思った。ただこういった没入は良い疲れであり、読後、外へ出たら風をいつも以上に気持ちよく感じた。
    この本は6つの異なる短編で構成されているが、記者である太刀洗万智が全編に登場し様々に躍動する。切れのいい状況説明と人物間の会話により、淀みなくストーリーが流れ、次々とページがめくられる。ミステリー特有の人を引き込む力がいかんなく発揮されている感じがする。
    各編、太刀洗万智以外の中心人物の一人称により展開していく。その中で彼女とやり取りをする人物が彼女に対して何を感じ、何を思うのか、その心の読みが面白い。初め彼女と接する人物はみなめいめいにして、彼女を訝り、呆れた態度を取るが、物語が進むにつれて己の誤りに気づき、彼女の聡明さに感心し始める。彼らは彼女に対しての誤解を恥じるというよりは、その思考の切れ具合に畏怖を抱く。水戸のご老公が悪を成敗した時のような快活さがあり、心がスッキリする。
    作者は岐阜出身のため東海地方が舞台となるのも面白い。素直に別作品も読んで見たいと思う。


2019年2月24日日曜日

Novel in 2019 ⑧ トラペジウム/高山一実

2019.2.24

トラペジウム/高山一実







  今話題の小説だ。帯文に中村文則さんの紹介があったことや、雑誌ダ・ヴィンチで作者本人がこの小説の成り行きなどを説明しており、少し心惹かれるものがあったので読んでみることにした。
 ストーリーは主人公東ゆうの目線で進められてゆく。アイドルになるために様々な策を講じ、四方八方へ奔走する主人公だが、理想と現実の差に時折落胆する。高校生特有の根拠のない自信が自由に描かれていて微笑ましくなる。己のエゴを通し、仲間を悲しませるところも青春を感じる。目標を持って行動することは、今でこそ必要性を感じているが、子供のうちから明確にすることは確固たる強い意志がないとできない。主人公のようにあの黒髪のアイドルのようになりたいんだ!と順序だてて行動する人と、のうのうと過ごし週末はただブラブラと遊んでいた人の違いはなんだろうか。考えても明確な答えは出ないが、どれだけその時に自分の人生と真剣に向き合ったかどうかかもしれない。もちろん大人のように理屈からではなく、感情から生まれる行動だとは思うが。
 幼少期から高校生頃までに抱く目標と、社会人となりそれなりの人生経験を積んでからの目標は、同じ目標ではあるが、達成できる速さが異なると思う。経験は積んでいいこともあれば、同時に重荷にもなる。頭にリスクヘッジがよぎるのだ。そして当の本人はリスクヘッジだというが、それはただのやらない言い訳ともいえる。だから近道のいばらの道を通らず、安全だが遠回りの舗装路を選ぶ。ただこの遠回りには体力がいる。並の遠回りではない。大器晩成だなんてカッコつけて言えるのは、目標地点に辿り着き、なおも走り続ける体力が残ってる人だけだろう。
 この小説は作者の体験が織り込まれていて、強い意志が感じられた。自分の場合はどうだろう、遠回り道の中間地点くらいにはいるのだろうか。その答えがわかるまでは自分を諦めないようにしたい。

 

2019年2月17日日曜日

Novel in 2019 ⑦ その先の道に消える/中村文則

2019.2.17

その先の道に消える/中村文則










 ある緊縛師の話である。中村さんは人の様々な心理状態から生まれる些細な行動をいつも上手く表現している。例えば物語の中で、会計中に財布の中に必要な小銭がすぐ見つかっても少し探すふりをしてから小銭を渡した、という場面がある。こうした小さな奇行は日々自分の心理と向き合い、細かな観察をしてるこそ描けるのではないかと思う。こういった描写が物語の中で幾重にも重なり、緊迫感や緊張感を与えていると思う。
    もうひとつ印象に残ったフレーズがある。人が何かミスをするのはただの不注意と思われるが、実は無意識の中の願望がそうさせたという描写だ。仕事中のミスにより、様々な問題が発生するが、時たまこれを間違えたらこの先の結果はどちらへ転んでいくのだろうか、という興味が湧くことがある。例えばジェンガというゲームは木片が重なりあってできた塔をいかに崩れないように木片を抜いていけるかを争うわけだが、時に思いっきり破壊したくもなるのはそういう心理からだろうか。社会性や秩序を重んじるのは生きてゆく中で必要なことだが、やはり煩悩だらけの人間、たまにはが息抜きが必要となる。実社会ではそれが犯罪という形で為され、人生が終わりかけることもあるが、小説というフィクションの中ならそれが可能だ。
   人間の様々な心理状態から転じて起きる行動をよく観察すること。この作者からはいつも色々なことを学ぶ。

2019年2月10日日曜日

Novel in 2019 ⑥ 新釈 走れメロス/森見登美彦

2019.2.10

新釈 走れメロス/森見登美彦


今年3冊目の森見作品。簡単に言うと文学史に名を連ねる小説家5人の作品を作者の新解釈でリメイクしたものだ。あくまで各作品の根幹は継承しつつも、アレンジメントは森見ワールド全開だ。
   この作者が描く世界は基本的に京都が舞台となることが多い。京都が好きな人は物語と共に頭の中で風景を描けるので、その場の臨場感を楽しむことができる。京都へ行く度に思うが、京都は独特な町だ。神社仏閣、町屋、数寄屋造の家屋など、確かな歴史を刻んでおり日本の伝統文化ここにありと言えると思うが、今の暮らしに馴染みのないものが多くて純日本というよりは異世界とも思える。五木寛之氏もある雑誌で「外国に来たような感覚」と話していたので、そういう感覚で町を見回ると確かにそう思える。
    もうひとつ、この作者の特徴と思われるところは現代ではあまり使われない言葉を多用しているところだ。辞書片手に読み進めざるを得ないが、日本語でしか表わせないような絶妙な、痒いところに手が届くとでもいうような表現が多用されている。これは作者が次世代へ素晴らしい日本語表現を伝えたいというメッセージなのではないかと思って読み進めているが、なんともありがたい気持ちになる。
    英語を覚えたり、世界を知ることはグローバル社会の中で確かに必要なことだと思う。だがまず自国の文化、言葉を知るべきだと思う。英語より国語が優先だ。日本の心を知ってこそのグローバルだと思う。日本人は控えめだから心の中だけで思ってる人も多くいると思うが、外国の人と比べると愛国心が見えにくい。右寄りの発言は何かしらの信者と思われる傾向が表現の自由を奪っているかもことも一因かもしれないが。でも世界各国から日本に興味を持ち訪ねて来る人に日本の素晴らしさを答えられないのは少し恥ずかしい。世界情報共有により様々な価値観が画一化されつつある今の地球上で、もう一度自国を見直し、独自の色を捉える必要がある。

2019年2月4日月曜日

Novel in 2019 ⑤ 夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦

2019.2.4

夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦



  会社の後輩から拝借した今年2冊目となる森見登美彦さんの作品である。世間ではアニメ化して話題を呼んだらしいが、僕には初見の本であった。
   まず作品名に惹かれるものがある。語呂がいい。自由律俳句のようなリズムがあり、入口から期待が膨らむ。主人公の黒髮の少女は天真爛漫で一見大人しそうに思えるが、実は行動力のある性根から素直な子だ。誰もが惚れるとはいかないまでも、純粋で己に忠実であり心を動かされる。老若男女誰であろうと、人が一心不乱に何かに取り組む姿は美しい。キラキラと光輝く高貴なものを見ているような感覚になる。暗礁に乗り上げ、己の意思通り前へ進めない不甲斐なさを感じている時など、そのような光景は心のシミを漂白してくれる。
  そんな黒髮の少女にあっちこっち踊らされる1人の男(勝手に踊っているともいえる)が、この物語のもう一つの軸を担う。彼は己の願いを叶えよう奔走するも、ことあるごとに撃破される青春に充ち満ちた男だ。このような男には情を抱く。
  今思えば駆け引きしている時が1番楽しい時間だったなどというのは、辛うじて所帯を持てた男の自惚れた戯言に過ぎないが、学生時代というのは実にいい時間だったと改めて思う。ここまで自由に己を試せる時間は、一旦仕事を始めてしまうとなかなか持てるものではない。時間を作る努力をするか、何かを失うリスクを背負えば決して難しいことではないが。
   未来をナイスに闊歩するためには、とにかく今を諦めないことだ。「不撓不屈」これは我が座右の銘だが、この小説にも「虚仮(コケ)の一念、岩をも通す」という泥臭い一文が登場する。これは未熟な人でも一途に努めればやがては成就するという意味を成す。
   物語は黒髮の少女と男の未来が動き出す時に終焉を迎える。この男には勇気づけられた。僕も愚かなりに泥臭く明るい未来のために日々の妄想に努め、一歩ずつ歩みを進めて行きたい。

2019年1月23日水曜日

Novel in 2019 ④ スマホを落としただけなのに/志駕晃

2019. 1. 23


スマホを落としただけなのに/志駕晃


  月並みな話だが、現代はスマホに支配されている。何をするにも側にいるし、これがないと不安でしかたない人もいる。
  今年31歳の僕が携帯電話を持ち始めたのは中学2年生の時で14歳だった。持ち始めた年齢として、現代では遅いかもしれないが、ひと世代前からしたら早いというところだろうか。当時の携帯電話には、電話、メール、それとグローバルとはまだ言えない小さなウェブサイト内を、ゆったりと閲覧する機能くらいしか備わっていなかった気がする。当然役に立っていたし、あれば便利だったが、無くても困るものではなかった。生活の中を占めるウェイトはまだ少なく、あくまで生活の補助役であったと思う。ところが20歳頃、iphoneが初めて日本に伝わり…今に至る。
  読み進めて行くに連れて、まず感じたのは恐怖である。見えないものに対して人は恐怖を抱きにくいと思う。それは実感がないから。ただ見えないものが徐々に近づいてると知れば、それは見える恐怖よりその度合いが増すのではないか。見えないからどう対象していいかわからない。クラッカー、サイバー攻撃など、ネット上でのしかけに対して無能な人は無抵抗にならざるを得ない。作者は癌細胞が人知れず死を手繰り寄せるように、徐々に迫る恐怖を緻密に描写している。専門的な言葉も、理解しやすくする工夫がされているのか、知識が浅はかな僕でも、飛ぶように読むことができた。
  スマホ依存は今や現代病の一つである。図書館へ行く時、携帯電話を車に置いて行くことがよくあるが、ものがないと見ないものだ。(もちろん物理的に見れないのだが)このように警鐘を鳴らしてくれたことは、スマホ依存な人が苦手な僕からしたら感謝したいところだが、もうそれらがない時代に戻ることは無理だろう。いや、それよりまだ誰も知る由も無い、人の存在さえも脅かすテクノロジーが未来には待っていると思う。時代は加速し続けている。


2019年1月20日日曜日

novel in 2019 ③ となり町戦争/三崎亜記

2019. 1. 20

となり町戦争/三崎亜記


表沙汰にはならず水面下のみで進む戦争や、該当国同士ではない代理国間での戦争など、戦争には色々な形態がある。戦争に限らずあらゆる事象は目の前では起こらない限り、または自分の周りへの影響が無い限りは実感が持てないことが多いのではないか。例えば中東での争いで自爆テロにより数十名死亡と報道されても、僕ら一般人は大変だなと思うばかりで実感を持てない。大変なのはわかるが、現実的に何もできない。(行動次第では可能だと思うが僕はできない)
  そのようなもどかしさをこの小説では説明しているのだろうか。少なくとも僕はそう読み取ったが、ストーリーは平たく展開が淡々としており、そろそろ盛り上がりが来るだろうかと思ってる間に話が終わってしまった。実感の無い戦争を謳う前に、このストーリー内容に実感を持てないまま終わってしまった印象である。
    異なる意味でのもどかしさを感じてしまったが、このような読後感を持たせるのが作者の目的なら、僕は素直に嵌ってしまったことになる。

2019年1月13日日曜日

novel in 2019 ② 熱帯/森見登美彦




2019. 1. 13

森見登美彦さん作の「熱帯」

  入院期間を利用して読むことができた。そこは入院に感謝…
  話の概要をダ・ヴィンチで見かけたので読んでみたくなったのだが「どういった小説かは読んでみてもらわないと説明できない」というのがこの小説についての作者からのコメントであった。読み終えて、今こうして文章を走らせているが、作者の言う通り型にはまらない何とも形容し難い小説であった。話の鍵を握るのは「千一夜物語」という実在する物語だ。(小説を読んでいる合間に調べて初めてこの本について知った)読む進めていくと、物語の巧みで奇妙な展開に脳が熱くなってきた。様々な大きさや形の情報が、次々と目の前を通り過ぎて行き、脳内の短期記憶倉庫は整理しきれずごちゃごちゃである。我が読書脳のメモリ不足を痛感した次第だ。これが現実なのか夢なのか、作者の術中に嵌められた感じがするが、小説を読む時の心地良さとしては悪くはない。
   物語自体の本質とはズレるが、京都を愛でる人には嬉しい描写が現れる。東山、南禅寺付近の描写は情景と共にページをめくることができた。京都が呼んでいる。

   入院中の病室で「熱帯」というタイトルの本。時には右腕にセファゾリン点滴を打ち込みながら片手で、時には集団部屋という監獄にも似つかない異空間で人生を散々謳歌した後ここへたどり着いたであろう3人のおじきのいびき・独り言・イヤホンをしながらの笑い声に苛まれつつ読み進めたこの本について作者は「熱帯と本というものはかけ離れている」と、雑誌内でコメントしていた。病室もまた熱帯とは対の場所にいるような気もする。そんな居心地で読み進めた本は、初めての入院ということも重なり、生涯忘れ難い1冊となるだろう。それにしても京都行きたい。
  


2019年1月5日土曜日

novel in 2019 ① 羊と鋼の森/宮下奈都

2019. 1. 5.

小説家いいな。
そう思わせてくれた宮下奈都さんの

「羊と鋼の森」


自然な言葉と無理をしない比喩表現が心地よく体に入ってきた。非現実的過ぎず、あくまでニュートラルな良さがある。ピアノの一部は羊毛と木でできているのでそれを森と捉え、弦は鋼である。ピアノの調律や演奏の中にまるで自然の中を歩くような心地よさがあるというのは、筆者の実体験が元になっているのであろう。色々な趣味や仕事があるが、原点回帰というか、すべては自然が元にあると常日頃感じてしまう。むしろ母なる自然と言われるように人間の心はぼくらが気づかないところで、自然への回帰をひしひしと促してるのではないかと考える。文明が暮らしのあり方を日々変えてはいるが、主体はあくまで自然なのだろう。